camelife

カメラと写真の日々を綴っていきます

ライカで写真を撮ることの意味

写真を撮ることは他のカメラでもできる

写真を撮るということを考えると今はスマホでもできます。それでもミラーレス一眼など、高いお金を支払ってカメラを購入して撮っています。

 

特にライカは価格が高いカメラであり、どうしてそこまでお金をかけて写真を撮ろうと思うのか。そんな疑問に自分なりの答えを考えてみました。

 

一部の特殊な場面を除けば、最新のミラーレス一眼に搭載されているような高性能な機能は必要ないと思いますし、価格が高いからといって、良い写真が撮れるということでもないです。良い写真の定義は人それぞれではありますが、スマホでも見た人が驚いたり感動する写真を撮れる人はたくさんいます。

 

それでも自分はライカで写真を撮るということを選択しています。

SUMMICRON-M f2.0 / 50mm

何に対してお金を使っているのか

自分にとって、写真を撮るというのは単純に写したものを画像として見るということではありません。写真を撮るという動作の全てを意味しています。

 

写真を撮る前から考え、目の前にあるものを撮ろうと決めて、どう撮るのかを考え、歩いたりしゃがんだりしながら被写体との距離を調整し、構図を考え、ピントを合わせ、シャッターを切る。そして、出てきた絵を確認して、現像して、アウトプットする。

その一連の体験を写真を撮るということだと考えています。

 

つまり、その写真を撮る体験全体に対して自分はお金を使っているということです。

 

そして、その体験が自分にとっては今はライカが一番だと感じています。(あくまで個人的な感想です)

 

自分にとって満足度の高い道具を使う

自分が写真を撮るときの被写体は子どもが多いです。子どもの成長を写真に残す、ある一場面を切り取るということをしています。

 

それを考えたときに、自分はこの先何回シャッターを切れるのか、どれだけ多くの子どもとの時間を写真に残せるのかということも考えています。

 

つまり、写真を撮るということが日常に溶け込んでいる時代においても、結局は写真を撮る枚数には上限があるということです。

 

そう考えると、1枚の重みが大きくなってきます。

 

写真を撮る体験にお金を使っているという話をしましたが、その体験は永遠に続けられるものではなく、上限があるものであると考えると、どうせなら自分が一番納得できる道具で行いたいと考えるようになりました。

 

だからこそ、そのときの自分に一番合っている、自分の満足度が高いカメラを使おうと思っています。